“腫瘍”とは体の中に新しくできた細胞・組織の塊です。正常な細胞でも増えることで体の一部を作っていきますが、何らかの原因で発生した異常な細胞が勝手に増えて体の中に細胞・組織の塊(しこりや腫瘤と言います)を作ることがあり、この塊が腫瘍です。腫瘍のうち、無秩序に増えながら周囲に染み出るように広がっていったり(浸潤と言います)、体のあちこちに移動して新たなしこりを作ったり(転移と言います)するもののことを“悪性腫瘍”や“がん”と言います。“がん”は、がんが発生した細胞の種類によって“癌”と“肉腫”に分けられます。“癌”は、体の表面や体の中の臓器の内腔面を覆っている上皮細胞や、分泌腺を構成している腺細胞から発生するものを言います。一方、“肉腫”は、体を支える支持組織である間質細胞から発生するものを言い、具体的には骨・筋肉・脂肪・血管などからできます。婦人科で取り扱う“がん”の大部分は上皮細胞や腺細胞から発生する“癌”であるため、“子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん”ではなく“子宮頸癌・子宮体癌・卵巣癌”と表記されることがほとんどです。
がんは良性の病気とは異なり、生命を直接脅かす病気です。したがって、がんを患った患者さんは、病気に関する深い理解と、納得した治療方法の選択が必要です。そのためにわれわれは患者さんに向けて、病気に対して標準的に行われている治療方法を十分に納得して頂けるまで説明するように心掛けております。最近では、高齢化や食生活の欧米化に伴って子宮体癌や卵巣癌の発生数は増加傾向にあります。また、近年の性行動の変化から若年層でのHPV(ヒトパピローマウイルス)感染の増加に伴って子宮頸癌発生の若年化が進んでいます。さらに、近年の晩婚化による妊娠出産年齢の上昇傾向が重なり、子宮や卵巣の温存を求められる機会も増加しています。当院では、将来的に妊娠を望まれる患者さんに対して、適応がある症例においては妊孕性を温存した手術や薬物治療を行っております。また、難治性のがんに対する治療の開発のために、大阪大学と共同で臨床試験を積極的に行って、日々がん治療が進歩するよう努めております。
卵巣がんの診断と実績
卵巣癌について
卵巣腫瘍には、良性腫瘍と、悪性の腫瘍である卵巣がんと、悪性と良性の中間的な性質をもっている境界悪性腫瘍があります。また、腫瘍が発生する起源となる組織によって大きく“上皮性腫瘍”、“胚細胞腫瘍”、“性策間質性腫瘍”の3つに分けられます。卵巣がんの約90%が上皮性腫瘍(癌)であり、その半分は“漿液性癌”という種類の腫瘍です。最近の研究結果から、漿液性癌は卵管の上皮から発生しているものと考えられており、漿液性癌を発生する卵巣癌・卵管癌・腹膜癌は同一の疾患として取り扱われ、治療ガイドラインも1つにまとめられています。
本邦の卵巣癌発生数は増加傾向にあり、年間約1万人以上が発症しており、その約半数が死亡するという婦人科癌の中で最も死亡者数の多い病気です。その理由としては、卵巣癌は初期には自覚症状がほとんどないこと、漿液性癌の病状進行が非常に早いことなどが挙げられます。そのためⅢ期・Ⅳ期といった進行癌で発見される症例が40%以上を占めています。漿液性癌では、腫瘍が大きくなったり腹水がお腹の中に溜まったりすることによって感じるお腹の張りや痛み、腫瘍の圧迫による便秘や頻尿感、足がむくむなどの症状で発症して、産婦人科や内科を受診して発見・診断されることが多いです。卵巣チョコレート嚢胞(子宮内膜症)という病気を背景に発生する“明細胞癌”や“類内膜癌”という種類の卵巣癌では、定期検診の際に超音波検査で卵巣チョコレート嚢胞内に腫瘍の塊(充実部位と言います)が現れてきて卵巣癌と発見・診断されることもあります。
卵巣癌の病理診断について
全てのがんの診断は、腫瘍の一部や細胞を採取して(腫瘍生検による組織診や細胞診と言います)、顕微鏡検査で悪性の組織や細胞を確認することで悪性の腫瘍である“がん”と確定診断されます(このことを病理診断と言います)。卵巣癌はお腹の中に発生するため、子宮癌や胃癌や大腸癌のように手術前に悪性腫瘍であると病理診断することが出来ません。そのため、画像検査で卵巣癌の疑いがあると判断された場合には、まずは手術を行って、摘出した卵巣腫瘍の病理診断によって卵巣癌かどうかを診断します。ただし、お腹の中に溜まった腹水を細い針で抜いて行う腹水細胞診や、体の表面近くのリンパ節に転移している場合にはリンパ節を細い針で突いて行う穿刺吸引細胞診などで、癌細胞を認めた場合には卵巣癌だと診断出来ることがあります。また、卵巣はほかの臓器(とくに胃や大腸や乳腺)の癌が転移しやすい臓器でもあり、画像検査などで必要だと思われる場合には卵巣に対する手術をする前に、胃や大腸の内視鏡検査や乳腺腫瘍に対する精密検査などで異常がないことを確認することもあります。
卵巣癌の進行期診断について
どのがんにおいても、がんの広がり具合(進行期といいます)によって治療方法が変わってくるため、治療開始前に様々な検査によって治療開始前の進行期を決定します。卵巣癌においても他のがんと同様に、手術後の病理診断で最終進行期が決定します。ただし、卵巣癌ではⅢ期・Ⅳ期といった進行癌で発見されることも多く、腹水貯留や血栓症などの合併症により手術の実施が困難なケースもあります。そのようなケースでは、腹水細胞診による癌細胞の確認と画像診断のみによる臨床的な進行期を決定して、抗癌剤による治療を開始することもあります。卵巣癌の治療開始前の進行期を決める検査には、内診・超音波検査といった基本的な婦人科診察と、CT検査・MRI検査・PET検査などの画像検査があります。また病状によっては、消化器内科に依頼して、卵巣癌の腸管への浸潤の有無について内視鏡検査を行うこともあります。血液検査では腫瘍マーカーという、がんの種類によって特徴的に産生される血液中の物質を測定します。卵巣癌では“CA125”という腫瘍マーカーが上昇することが多く、CA125・CA19-9・CEAといった複数個の腫瘍マーカーを測定しています。ただし、この検査だけでがんの有無を確定出来るものではなく、がんが存在しても腫瘍マーカー値の上昇を認めないことや、逆にがんがない場合でも上昇を認めることがあるため、あくまでもがん診療における補助的な検査法となります。
卵巣がんの治療と実績
卵巣癌の治療について
がんの治療方法は、がんの進行期に応じた各種がん治療ガイドラインに準拠した治療方法・患者さん本人の状態(年齢・合併症など)・患者さんの希望などから検討して最終的に決定します。卵巣癌は比較的抗癌剤が効きやすい癌なので、卵巣癌の治療方法としては手術療法と抗癌剤治療を組み合わせて行う場合がほとんどです。卵巣癌の手術では、術前に悪性腫瘍との診断がついていない場合には、まず卵巣腫瘍を摘出して術中迅速病理組織検査に出して悪性・境界悪性・良性の病理診断を行います。その結果で卵巣癌との診断であれば、子宮と両側付属器(卵巣と卵管)と大網の摘出に加えて、お腹の中の癌の広がり具合を参考にしながら、骨盤内や傍大動脈周囲のリンパ節の郭清術を追加するのが標準治療となっています。その他、手術進行期を決定するために必要な腹腔細胞診や腹膜生検などを行います。腹膜や周りの臓器にまですでに癌が広がっている場合には、目に見える癌を完全に取りきることを目指して、可能な限り切除します(初回腫瘍減量手術と言います)。腸管にまで癌が広がっている場合には、消化器外科に依頼して腸管切除術を行い、人工肛門造設術が必要となるケースもあります。手術で癌を切除することが困難な場合には、腫瘍の生検による腫瘍のタイプの確認および可能な範囲で手術進行期を決定することを目的とした“試験開腹術”を行うことがあります。手術前からそのような状況が想定される場合には、腹腔鏡での腫瘍の生検とお腹の中の状態確認だけを行って(審査腹腔鏡と言います)、引き続き抗癌剤治療(術前化学療法と言います)によって癌を十分小さくしてから、腫瘍減量手術を行うこともあります。また、初回腫瘍減量手術での癌の切除が不完全だった場合にも、引き続き抗癌剤治療によって癌を十分小さくしてから、再手術(中間腫瘍減量手術と言います)を行うこともあります。このように、卵巣癌では手術で癌を取りきれたかどうか、残っている癌がより小さいかどうかが予後に影響するため、抗癌剤治療をあいだに組み合わせながら手術が何回も必要なことがあります。若い卵巣癌の患者さんで、初期の癌ならば、将来の妊娠の可能性を残すために、癌のある方の付属器(卵巣と卵管)だけを切除して子宮と正常卵巣を残す手術(妊孕性温存手術と言います)を選択することが可能です。また、若い女性に発症しやすい卵巣がんである悪性胚細胞腫瘍の場合では抗癌剤治療が非常に効くため、進行癌の状態でも妊孕性温存手術が選択される場合もあります。このように、卵巣がんでは、手術療法と抗癌剤治療を効果的に組み合わせることが非常に大事です。放射線治療はほとんど選択されませんが、限局した再発腫瘍に対しての局所治療としてや、腫瘍による出血や疼痛コントロール目的に行うことがあります。
卵巣癌の抗癌剤治療について
卵巣癌に対する抗癌剤治療は、治療のタイミングによって術後初回化学療法・術前化学療法・再発癌に対する化学療法と呼ばれますが、微小管阻害剤のパクリタキセルかドセタキセルと白金製剤であるカルボプラチンかシスプラチンの二剤併用療法で行います。通常はパクリタキセルとカルボプラチンを組み合わせて行う“TC療法”が選択されることがほとんどです。また、Ⅲ期・Ⅳ期の症例では分子標的薬であるベバシズマブも併用することもあります(TC+BEV療法と言います)。初回化学療法で癌が体の中に確認出来ない状態(寛解と言います)になった場合には、ベバシズマブによる治療の継続(維持療法と言います)を検討します。TC療法で治療効果がない場合や、寛解後に再発までの期間が6カ月未満の場合(プラチナ製剤抵抗性再発と言います)では、白金製剤以外による抗癌剤治療が推奨されており、ゲムシタビン・リポソーム化ドキソルビシン・パクリタキセル・ドセタキセル・ノギテカンなどが薬剤選択候補に挙がります。薬剤によってはベバシズマブを併用することもあります。寛解後に再発までの期間が6カ月以上の場合(プラチナ製剤感受性再発と言います)には、白金製剤を含んだ多剤併用療法が推奨されており、カルボプラチンにパクリタキセル・ドセタキセル・リポソーム化ドキソルビシンなどを併用します。また、ベバシズマブを併用することもあります。
卵巣癌の分子標的薬治療について
近年、卵巣癌に対する研究が進み、卵巣癌の約10%は遺伝的要因によるものと考えられています。特に細胞の癌化を防ぐ働きを持つBRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に変異がある女性では、一生涯のうちに卵巣癌と乳癌を発症するリスクが高いことがわかっています。またBRCA遺伝子の変異以外の要因でも起こる相同組換え修復欠損(Homologous Recombination Deficiency: HRD)の状態も卵巣癌発症に関係していることが分かってきました。これらのBRCA遺伝子の変異やHRDの状態は、BRACAnalysis診断システムやmyChoiceTM診断システムで診断することができます。卵巣癌、とくに漿液性癌の患者さんでは、BRCA遺伝子の変異を約14%に認め、それを含むHRDの状態を約半数の患者さんに認めることが分かっています。これらの患者さんでは、TC療法の治療効果が高いことが分かっており、また分子標的薬であるPARP阻害薬の治療効果が期待されています。現在、本邦ではオラパリブとニラパリブの2種類のPARP阻害薬が使用可能で、術後初回化学療法や再発癌に対する化学療法における抗癌剤治療終了後の維持療法として使用されており、卵巣癌の予後がかなり良くなっています。
卵巣癌の腹腔鏡手術について
卵巣癌に対する腹腔鏡手術は保険適応になっていないため、通常、術前検査で卵巣癌を疑う場合には開腹手術で行います。そのため、腫瘍の生検とお腹の中の状態確認を目的とした審査腹腔鏡以外では腹腔鏡手術を行いません。良性の卵巣腫瘍を疑って腹腔鏡手術を行って、術後の病理診断で卵巣癌との診断に至った場合には、開腹手術して卵巣癌根治手術を行うことを勧めています。
過去5年間の婦人科癌手術実績
婦人科癌手術 | 手術 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 |
---|---|---|---|---|---|---|
子宮頸癌 | 広汎子宮全摘術 | 9 | 9 | 6 | 7 | 2 |
腹腔鏡下子宮頚癌手術 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | |
子宮体癌 | 子宮体癌手術総数 | 23 | 32 | 23 | 22 | 22 |
開腹手術 | 11 | 20 | 14 | 12 | 13 | |
腹腔鏡下手術(ロボット手術) | 12(6) | 12(10) | 9(8) | 10(8) | 9(5) | |
卵巣癌 | 卵巣癌根治術(含境界悪性腫瘍) | 16 | 14 | 19 | 15 | 21 |
婦人科癌全体 | 手術件数総数 | 48 | 55 | 48 | 46 | 47 |
過去5年間の婦人科癌放射線治療実績
婦人科放射線治療 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 |
---|---|---|---|---|---|
主治療としての放射線治療 | 3 (2) |
12 (10) |
7 (6) |
5 (5) |
9 (9) |
重粒子線CCRT(大阪重粒子線センターと治療連携) | 0 | 0 | 0 | 4 (4) |
10 (10) |
術後補助療法としての放射線治療 | 2 (2) |
1 (1) |
3 (3) |
6 (5) |
0 |
再発腫瘍に対する放射線治療 | 0 | 3 | 2 | 13 (2) |
7 |
症状緩和目的の放射線治療 | 0 | 1 | 7 | 5 | 5 |
放射線治療総数 | 5 (4) |
17 (11) |
19 (9) |
33 (16) |
31 (19) |
()内は同時化学放射線療法(CCRT)
2019年は放射線治療機器整備のため3か月間のみ放射線治療施行
過去5年間の婦人科癌抗癌剤治療実績
2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
---|---|---|---|---|---|
抗癌剤治療総症例数 | 71 | 100 | 106 | 134 | 141 |
細胞障害性抗癌剤(点滴薬) | 50 | 76 | 81 | 99 | 103 |
細胞障害性抗癌剤(内服薬) | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 |
分子標的治療薬(点滴薬) | 24 | 25 | 29 | 29 | 34 |
分子的標的治療薬(内服薬) | 7 | 12 | 15 | 18 | 23 |
免疫チェックポイント阻害薬 | 1 | 1 | 1 | 5 | 9 |
内分泌両方薬(ホルモン療法薬) | 1 | 2 | 1 | 1 | 4 |
細胞障害性抗癌剤(内服薬):ペプシド
分子標的治療薬(点滴薬):ベバシズマブ(アバスチン)は細胞障害性抗癌剤と併用あるいは単剤維持療法として使用
分子標的治療薬(内服薬):オラパリブ(リムパーザ)・ニラパリブ(ゼジューラ)・パゾパニブ(ヴォトリエント)
免疫チェックポイント阻害薬:ペムブロリズマブ(キイトルーダ)
内分泌療法薬(ホルモン療法剤):高用量黄体ホルモン(ヒスロンH)